こんにちは。チャコです^^
2020年パラリンピックも終盤を迎えましたね。
選手それぞれが大変な障害を抱えながらも、前向きに輝く姿に感動しっぱなしのチャコです。
中でも、史上初のメダル獲得が決定した車椅子バスケットボールは注目が集まっています! 強敵イギリスを倒し、決勝戦までコマをすすています!
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格上のチームを次々と打ち負かし、悲願のメダル獲得が決定した今!!
さらなる高みの「金メダル」を目指します!!
決勝戦のお相手はアメリカです。果たして強豪アメリカとどんな熱い戦いを繰り広げられるのでしょうか?
9月5日 12:30 ~試合開始の予定です。世紀の瞬間を迎えるかもしれない決勝戦。みんなで応援しましょうね!
準決勝のイギリス選でひときわ異彩を放っていたスキンヘッドの選手をご存じですか?
日本代表チーム最年少選手「赤石 竜我」さん。
彼のディフェンス力が桁違いにすごい と話題になっています。若いエネルギーもみなぎって「とにかくチームを勝ちに導きたい!」という情熱が伝わってくる赤石 竜我さん。
赤石 竜我さんはどんな障害を患って、車椅子バスケと出会ったのでしょうか?赤石 竜我さんの障害を調べてみました。
赤石 竜我さんのプロフィール
赤石 竜我さんの障害ポプキンス症候群って何?
車椅子バスケと出会い
2021年パラリンピックの活躍
赤石 竜我 さんのプロフィール(車椅子バスケ)
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名前 | 赤石 竜我(あかさか りゅうが) |
---|---|
生年月日 | 2000年9月11日 |
年齢 | 20歳 ※R3年9月3日時点 |
出生地 | 埼玉県 さいたま市 |
所属チーム | 日本体育大学/埼玉ライオンズ |
ポジションクラス | 2.5 |
ハンデキャップ | ポプキンス症候群 |
義足 | なし |
強味 | 強靭なディフェンス力 |
5歳の頃にホプキンス症候群という難病を患う。
この難病で脊髄損傷となり、車いす生活がスタートした。
中学一年から埼玉ライオンズチームにへはいる。
本格的に車いすバスケをスタート。
2017年にU23世界選手権で国際大会デビューを果たす
2018年のアジアパラ選手権でシニアの代表入り
2021年東京パラリンピック日本代表に選ばれる
赤石 竜我さんの障害(ポプキンス症候群)はどんな病気?
赤石 竜我選手はポプキンス症候群という病気を患っています。
あまり聞きなじみのない病気ですね。ポプキンス症候群ってどんな病気なのでしょうか?調べてみました。
ピット・ホプキンス症候群(PTHS)
正式名称は「ピット・ポプキンス症候群」です。
【主にみられる症状】
●知的障害
●発達の遅れ
●知的障害
●動障害
●特徴的な顔貌がみられる
●異常な呼吸パターン
赤石 竜我さんは5歳でポプキンス症候群を発症
赤石 竜我さんは5歳でポプキンス症候群を発症したそうです。
最初は「喘息」と診断され入院していましたが、その後の検査で「ポプキンス症候群」であることが分かったそうです。
ポプキンス症候群の症状で「異常な呼吸パターン」があげられるように、はじめは喘息と診断されることが多いそうです。
赤石 竜我さんが「ポプキンス症候群」と診断された当時、まだ珍しい病気でだったそうです。今も発症者は少なく、世界的に見ても珍しい難病なのだそう。
日本でこの病気に認定されていた人はたったの3人。
驚きの数ですね。
そんな珍しい病気に5歳でおかされた赤石 竜我さんは、インタビューでこのように語ってます。
「最初は、ぜんそくの発作で入院していたんです。でも、入院中のある朝、足に力が入らない。立とうとしたら、ヒザがガクッと折れるように転んでしまいました」
出典:https://xn--2020-p28jl67h.yahoo.co.jp/column/detail/201908310001-spnav
今まで当たり前にできていたことが一つずつ失われていく辛さや恐怖は想像がつきません。
そんな自分の体と向き合って、前向きに進んできたから今の車いすバスケの若きルーキー、赤石 竜我さんがになれたんですね。
赤石 竜我さん・車椅子バスケとの出会い
中学生になって、赤石 竜我さんはお兄さんの影響でバスケットボールをはじめます。
最初に車椅子バスケと出会ったのは小学4年の時でした。
3つ年上のお兄さんがバスケットボールをやっていて、赤石 竜我さんもバスケットボールに興味をもちました。
地元のクラブ・埼玉ライオンズに見学に出かけ、そこでバスケをやろうと思った矢先、東日本大震災の影響で、練習ができない状態になりました。
その後、中学生になった赤石選手は友達の影響もあり「バスケをやりたい」と強く思うように。再び埼玉ライオンズクラブの扉をたたいたことがきっかけで、車椅子バスケとの出会います。
「同級生がみんな中学のバスケ部に入部して、『やっぱり自分もバスケがやりたい』と思ったんです」 現在も所属する埼玉ライオンズの扉を、再度たたいた。借り物のバスケ車に乗って、見よう見まねでシュートを試みる。 「入りませんよ、リングにも当たらない」 おぼつかない手つきで何度もシュートを繰り返すと、ついに1本がリングの中に吸い込まれた。 「うれしかったです! 『バスケをやっている友達もみんな、こんな快感を得ているんだな。だからやめられないんだな』って。そこからハマりました」
出典:赤石2020.yahoo.co.jp/column/detail/20190831000-spnavi
埼玉ライオンズに加入したその年の9月、赤石 竜我さんは、東京でオリンピック・パラリンピック開催が決定することを知りました。
「これって、運命かも!?」と、直観したのだとか。
東京パラリンピックに出たい!
その強い気持ちが赤石 竜我さんのモチベーションになったんですね。
日本代表チームの若きディフェンス王として大活躍されています。チーム最年少の赤石選手、これからも伸びしろしか見えません!
強靭なディフェンス力が赤石 竜我の強味
見事夢をかなえ、パラリンピック決勝の舞台にたった赤石 竜我さん。
彼の強味は何といっても強気なディフェンス力です。
車椅子バスケのセンスと才能がめきめきと伸びた赤石 竜我さんは、数々の国際大会へ」出場するようになりました。
「僕はディフェンスが自分の武器だと思っていたのに、何もさせてもらえなかった……」
海外の選手と対戦し、自分の武器であるディフェンス力に愕然としました。
体格の良い海外選手をもろともしない、強靭なディフェンス力を鍛えよう!
赤石 竜我さんは、この時本当の意味で東京パラリンピックを目指したそうです。
悔しさをばねに、練習にあけくれました。
「どんなに体格のいい選手とマッチアップしても当たり負けしない体とパワーを身につけること」を主眼に、フィジカルトレーニングにも励む。
そうして鍛えたディフェンス力と精神力。
本当の意味で赤石 竜我さんを強くなりました。
その活躍はすばらしく、東京パラリンピックでも最年少のディフェンス王として、エネルギッシュにチーム得点を導いています!
今後の活躍が、楽しみな選手ですね。
まとめ
車椅子バスケの最年少選手、赤石 竜我さんの障害はポプキンス症候群という病気を患いました。5歳の時に車椅子生活がスタート。当時の日本でこの病気に認定されていたのはたったの3人の珍しい病気だったそうです。
お兄さんの影響で、中学で車椅子バスケに出会い、バスケに魅了された赤石 竜我さんはめきめきと成長。その後は数々の国際大会に参加し、東京パラリンピックの日本代表に見事抜擢されるまでなりました。東京パラリンピックでは強靭なディフェンス力でチームをひっぱるけん引力が注目されています。
今後も活躍が期待される若きエース赤石 竜我さんをみんなで応援しましょう!
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